残暑お見舞い申し上げます。



近くの蛙池では赤とんぼが飛んでいます。

新型コロナの感染者の増加と猛暑の中のオリンピックも終わりました。
NHKは総合もEテレもBS-1もほぼ1日中オリンピック放送でした。
独占放映権を持つアメリカNBCの夜間視聴率は、今までのオリンピックの中で最低でしたと、ニュースが伝えていました。

この間、私は森鷗外の次男、類さんについて書かれた朝井まかてさんの小説『類』を読みました。
文豪、森鷗外の作品はほとんど読んでいません。
唯一、『山椒大夫』は教科書に載っていましたので、読んだぐらいです。
この本は友人が貸してくれました。
鷗外は子煩悩だったようで、子供を叱ることはほとんどなく、子供達は「パッパ」と呼んでいました。
類さんは鷗外の二度目の妻との間に、長女茉莉、次女杏奴に続いて末っ子として生まれました。
長男の於菟さんとは、21歳の年齢差がありました。

類さんはあまり勉強は好きではなく、やっと入学できた国士舘中学校も退学してしまいます。
絵を習う事になりました。

鷗外が主宰していた「めさまし草」の挿絵や風刺画を描いていた長原孝太郎さんの所です。
その後は藤島武二について洋画を勉強します。

昭和6年、姉の杏奴さんとパリに留学します。
40日間の船旅でした。
2人は「アカデミィ・ランソン」に通って素描を習います。
類さんはパリでの生活を楽しみました。
その当時、パリ在住だった岡本太郎さんにも逢いました。

昭和9年1月に帰国して、藤島武二の勧めで、パリ在留時の作品を、光風会の展覧会に、杏奴の作品と共に出品しました。
しかし、それは藤島武二の推薦があったからで、隣の猪熊弦一郎の作品を見て、才能の違いを感じたそうです。

結局、類さんは画家にはなりませんでした。
この朝井まかてさんの『類』の表紙絵は類さんの作品だそうです。
私はこの絵を実際にみてみたいと思いました。
ちょっと荒々しいタッチの筆あとは新鮮だと思いました。
色の具合も好きです。

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